BIG-RUN Co.,Ltd.

クルマ探しのコミュニティプラザ

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スタッフの自己紹介





名前:菊川 博司 (きくがわ ひろし)

所属:「輸入車のお探し専門店」
     カーネットプラザ ビッグラン



職歴:整備8年・営業10年

家族:男の子2人の父親

愛車:ランドローバー フリーランダー


ここから先は僕のアレ・コレを書きます。
文章はヘタですが、中身は本当のことだけ、本当の思いだけを書いています。



【 現在までの略歴 】のアレ・コレ

僕は高校卒業後、広島自動車短期大学(現在の国際学院大学)へ整備士の資格を取るために進み、自動車ディーラーへ入りました。

と言うのも、僕が小さい頃は空前のスーパーカーブームで、ランボルギーニカウンタックや、フェラーリ、デトマソパンテーラ、ロータスヨーロッパなどなどが集まったスーパーカーショーが家の近くで開催されていて毎日見に行っては「かっこいいー」と胸を躍らせていました。
しかも、車にのぼせている僕を見てとても優しい姉が、なんと『スーパーカー写真集』を買ってくれ嬉しくて嬉しくて肌身離さず持ち歩いていた記憶があります。

そんな幼少期の頃のことが、大きくなってからも自動車に関わっていたい!と考えるようになったルーツです。

ビッグランに入社したきっかけはディーラーの整備で8年ぐらい過ぎた頃、一足先にビッグランに入社して頑張っていたK先輩に
「今忙しゅうて人が足らんけぇ、うちに入って手伝ってくれんか?」と言われたことでした。

その先輩は整備ではトップクラスの腕で、僕達にとっては憧れの方。
「元気にしちょるか?」「やっちょらーや」が口癖でした。
言葉は少しきつい人でしたが、憧れのとてもいい先輩だったのでビッグランに入ることに決めました。

入社して整備としてやっていたんですが、その先輩は会社を辞め独立されていったので、いつの間にやら営業が自分の仕事となり、
気がつけば本店の店長になっていました。そして気がつけば10年が経っていました。

ビッグランに入って一番よかったことがあります。結婚して2年くらい子供ができなかったのですが、なぜかビッグランに移って2人もできました。今はこの子達が1番の宝なので偶然だったにせよとても良かったと思います。

他の社員たちも、うちの会社に入るとよく子供ができるみたいなので子供のできやすい会社なんですかね(笑)


【 車との関わり 】のアレ・コレ

実は、子供には決して言えませんが高校の頃、幼い頃から憧れだった自動車の免許が早く欲しくて18歳の9月には(もちろん校則違反ですが…)内緒で取りに行っていたのが学校にばれて大騒ぎになってしまいました。

僕は、観音のマリーナホップの近くの高校で、自動車学校も近かったんですね。
しかも野球部に入っていて、まだ地区大会とかやっていたときなんですよね。

当然、当時の監督であるO先生に呼びつけられ「こら!なにやっとんだ!!」から始まったので やばい! 
と思いきや「一言、ワシに相談して取りにいかんかい!」続けて「免許は取りに行っても文句は言わん。もう卒業じゃし、ただ聞いとらんかったけぇかばってやるのに苦労したでぇ。バカタレが!」
て怒られました。おかげでちゃんと卒業もでき、とてもありがたかったです。

その後ちゃんと免許を取り、姉の旦那つまり義理の兄になるんですが
「ひろし!車もらったんじゃが、いるか?」と、声をかけてくれました。

                                   迷うことなく「いります!!」と言うことで、初めての車を手にいれました。
                                   今でもこの車は好きなのですが「ホンダZ 360」
                                   リアウィンドゥが大きなゴムのわっかをはめ込んだようなデザインだったため
                                   『通称 水中メガネ』 と呼ばれていました。
                                   まさに後ろに水中メガネがくっついている感じでした。

                                   当時、車をくれた義理の兄から「大事にしろよ!絶対に大事にしろよ!」と
                                   厳しく言われておりました。
                                   兄は極度のカーマニアで、言い方を変えると究極の車オタク。
                                   ホンダZの価値がよく分かっていたんでしょうね。

                                   僕はといえば、走るのが嬉しくて毎日毎日ドライブに出かけていました。
                                   兄の忠告を聞かず、とうとうエンジンを焼け付かせてしまいました。
                                   空冷のためオイルメンテナンスや乗り方が大切だったんですね。

                                   若かりし僕は、随分と無茶をさせたのでしょう。
せっかく用意してくれた兄に申し訳ないのと、自分の無知でエンジンを焼け付かせてしまった「ホンダZ」に申し訳なく、未だに後悔しています。
名車を一台オシャカにしましたが、そのとき故障して一緒に押してくれた彼女が現在、僕の妻となり子供2人に恵まれ、家族4人で仲良く暮らしております。